東京高等裁判所 昭和45年(う)1512号 判決
被告人 新川キミ
〔抄 録〕
一、所論は事実誤認および法令違反の主張であつて、本件で被告人が厚生大臣の許可を受けずに業として製造し、且つ神奈川県知事の許可を受けずに業として販売し、またはその目的で貯蔵していたとされている牛胆、平胆およびエキス(固型)は、単なる「物」であつて、「医薬品」ではないから、これらを「医薬品」と認め、本件をすべて有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな重大な事実の誤認があると共に薬事法の解釈適用を誤まつた違法があるというのである。
そこで、所論の当否につき検討を加えると、薬事法にいう「医薬品」の定義は同法第二条第一項各号に掲げられているとおりであるところ、これを本件についてみるに、原判決挙示の証拠たる被告人の原審第一回および第四回各公判における供述並びに検察官および司法警察員に対する昭和四四年四月八日附と同月一六日附の各供述調書に、当審第三回公判における被告人の供述等を総合すると、原判示の「牛胆」は、豚の胆のうを一旦その袋から中味だけ取り出して、よく煮つめたうえ、更らにこれを牛の胆のうの袋に詰め込んで乾燥さしたもの、「平胆」は右の煮つめたものを豚の胆のうの袋に詰め込んで平くして乾燥さしたもの、「エキス(固型)」は右の煮つめたものを缶詰めにしたものであることおよび被告人が本件のような所為に出るようになつたのは、人に豚の胆のうが胃腸の薬になると聞いて、利を得るために、内職として始めたものであることが窺われる。そして、原判決挙示の証拠たる神奈川県衛生部薬務課長の「鑑定嘱託について(回答)」と題する書面によると、豚の胆のうの用途は健胃・消化・整腸で、消化不良・慢性便秘に用い、これを加工製造すると医薬品として使用することができ、その成分は三・六―ジオキシーコラニツクアシツドであることが明らかである。以上の諸事実に、原判決挙示の証拠たる原審第三回公判における証人菅俣吉三郎の供述、同人の各上申書謄本および石井常作の司法警察員に対する各供述調書謄本と原審で適法に証拠調べがなされた新川敏子の司法警察員に対する供述調書や当審第二回公判における証人上田忠昭の供述をも総合して考察すると、本件の「牛胆」・「平胆」および「エキス(固型)」は、薬事法第二条第一項第二号にいう「人……の疾病の……治療又は予防に使用されることが目的とされている物」か、または、少くとも同条項第三号にいう「人の……身体の……機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」に該当し、同法にいう「医薬品」と呼ぶに何らの支障もないものと解される(因みに、この点に関しては、なお、広島高裁昭和二五年七月一九日二刑判・特報・一一号一二頁を参照)。
二、職権を以つて調査をすると、原判決は、判示第一において薬事法第一二条第一項違反、第二および第三においてそれぞれ同法第二四条第一項違反の各事実を認定し、これらを刑法第四五条前段の併合罪であるとしている。なるほど、本件は、被告人が二年余りの間に継続して密かに多量の牛胆等を製造したうえ、その間に大部分はこれを販売し、残余を販売の目的で貯蔵していたという事案である。従つて、本件では、一面においては、これらの諸行為をすべて一連のものとみて、これを包括一罪と解する余地があると共に、他面においては、これらの諸行為をそれぞれ別個のものとみて、これを併合罪と解する余地があるかにも考えられる。そして、例えば、価格等統制令に違反した販売契約とその代金受領の各行為の罪数に関する大審院昭和一六年六月一〇日判・集二〇巻一三号三四九頁や猥褻図面の買受・譲渡および残部所持の罪数に関する大阪高裁昭和三九年九月二九日判・下刑集六巻九・一〇号九七九頁の如きは前者に、製造たばこの密造とその譲渡および所持の罪数に関する最高裁昭和三二年一〇月九日決・集一一巻一〇号二、五六四頁の如きは後者に、それぞれ、その妥当根拠を供するものともいうことができるであろう。しかしながら、なお仔細に検討すると、薬事法は、その第一条に謳われているとおり、「医薬品……に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする」法律であり、この目的を達成するために、同法第一二条第一項は医薬品の製造業を厚生大臣の許可にかからしめ、同法第二四条第一項は医薬品を業として販売し、または販売の目的で貯蔵することを都道府県知事の許可にかからしめている。そして、これらに違反する行為に対してはそれぞれ罰則の規定がある。その罰条はいずれも同法第八四条である(同条第二号および第五号)が、その構成要件は、右に述べたことからも明らかなように、前者は同法第一二条第一項に、後者はいずれも同法第二四条第一項に規定されているのである。しかも、本件では販売や貯蔵が製造に随伴して行われているとはいえ、元来、製造と販売ないし貯蔵とは自ら異る行為であつて、これらは、一般的には、各別に、独立して行われ得ることであり、また本件の貯蔵は、製造から来る所持ではなくて、販売の目的を以てなされた所持であることが、諸般の証拠によつて明らかである。してみると、原判示第一の製造行為は包括して同法第一二条第一項違反の罪を構成すると共に、第二の販売行為と第三の貯蔵行為とはそれぞれ且つ両者を包括して同法第二四条第一項違反の罪を構成し、結局、本件では、これらの二つの罪が刑法第四五条前段の併合罪となるものといわなくてはならない。そうだとすれば、原判決は罪数に関する刑法第四五条前段の解釈適用を誤つた違法があることになり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決はこの点で破棄を免れないものと考える。
(江碕 竜岡 桑田)